ソフィア・コッポラ×ヴァレンティノ・ガラヴァーニ×ネイサン・クロウリー
類稀なる才能を誇るアーティストたちが創り上げた夢の舞台

『ヴァージン・スーサイズ』(99)で監督デビューし、『ロスト・イン・トランスレーション』(03)など注目作を発表し続けてきた映画監督ソフィア・コッポラが、この度、オペラを初演出した! 演目はイタリアの作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの傑作悲恋オペラ『椿姫』。華やかなパリ社交界を舞台に、高級娼婦ヴィオレッタの切なく悲しい恋、運命を描いたドラマをソフィアが彩る。

全世界が憧れるハイブランドの創始者ヴァレンティノ・ガラヴァーニが、名作にモダンなタッチを加えるためにヴァレンティノが直々にソフィアに演出をオファーし、今回の公演の実現に至った。ヴァレンティノ自身はヴィオレッタの衣裳をデザインし、また、彼の指示のもと、マリア・グラツィア・キウリ(現Diorアーティスティックディレクター)、ピエールパオロ・ピッチョーリ(先日の単独のコレクションがモード界で絶賛)がヴィオレッタ以外の衣裳を担当したのも、本公演の見どころの1つとなっている。

そして、舞台美術にハリウッドで数々の大作を手掛け、アカデミー賞美術賞に3度ノミネートされたプロダクションデザイナーのネイサン・クロウリーが大抜擢された。もともと彼の友人であったソフィアは、彼は建築の経験があるので、スペースを有意義に使うアイデアを生み出せると考えていた。

本公演は、ローマ歌劇場で2016年5月24日から行われた公演で、指揮は、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団のアソシエイト・コンダクターをつとめていたヤデル・ビニャミーニ、ヴィオレッタ役は、ここ数年注目されてきているフランチェスカ・ドット、アルフレード役に来日公演も増えてきているアントニオ・ポーリが出演している。

演出:ソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)

北カルフォルニアで育ち、カリファルニア芸術大学で美術を学ぶ。ジェフリー・ユージェニデスの「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」を原作とした映画「ヴァージン・スーサイズ」で脚本、制作、演出家デビュー。出演はキルスティン・ダンスト、ジョシュ・ハートネット、ジェームズ・ウッズ、キャスリーン・ターナー。カンヌ映画祭の世界初演で、MTVムービー・アワード(MTV主催の映画賞)の最優秀新人監督賞を獲得した。成功した作品は「ロスト・イン・トランスレーション」(映画製作・配給会社フォーカス・フィーチャーズ)で、トロント、ヴェネツィア、テルユライドの映画祭に出品。アカデミー賞のオリジナル脚本賞を受賞、監督賞と作品賞(プロデューサーとして)にノミネートされた。ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソンは、優れた出演俳優として英国アカデミー賞を勝ち取り、その上、キャストも撮影隊もたくさんノミネートされた。脚本、演出、制作の3本目の映画は「マリー・アントワネット」で、キルスティン・ダンスト主演、カンヌ国際映画祭の試写に出品。アカデミー賞でミレーナ・カノネロが衣装デザイン賞を受賞。4本目の映画は「Somewhere(サムウェア)」、ロサンゼルスの伝説の「シャトー・マーモント」で撮影された。制作、監督、脚本を手がけ、出演は、スティーヴン・ドーフ、エル・ファニング、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。

次の成功作品は実際に起きた事件を基に制作した「ブリングリング」で、若者のグループがハリウッドで激しい犯罪を続けるという話、出演はエマ・ワトソン、レスリー・マン、タイッサ・ファーミガ、ケイティ・チャン。最新作は「ビル・マーレイ・クリスマス」(2015年)、彼女自身の脚本、制作、監督で、アメリカのテレビ用映画で、ビル・マーレイ主演、ネットフィックスで配信された。次の脚本、監督は「白い肌の異常な夜」のリメイク、アメリカの南北戦争中に負傷した北軍兵士が女子寄宿学校に隠れ場を見つけるという話。「椿姫」はオペラの演出家としてのデビュー作。

衣裳:ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)

1932年に北イタリアのヴォゲーラに生まれる。父親は地元の電力供給会社を取り仕切っていた。1949年ミラノにあるサンマルタ専門学校のファッションスケッチ課程に入学。ミラノでフランス語を勉強しながらエコール・デ・ラ・シャンブル・シンディクールでファッションデザインを学ぶ。卒業後、ジャン・デッセのアトリエ ギ・ラロッシュのアシスタントとして参加。1959年 アトリエをローマのコンドッティ通りに開く。1960年、伝説的なヴァレンティノ・ガラヴァーニとビジネスパートナー ジャンカルロ・ジアメッティが「ヴァレンティノ(VALENTINO)」を創業。

1962年に最初のコレクションを発表。フィレンツェのピッティ・モーダで人気のあるファッションデザイナーの一人となり、1967年 「ニーマン・マーカス賞」を受賞。1968年 ホワイトコレクションで初めて「V」をマークとして採用。1985年 イタリア政府より「グランデ・ウフィッチャーレ」勲章、1996年「カヴァリエレディ・グラン・クローチェ」を授与される。

2007年、ヴァレンティノ・ガラヴァーニがファッションのデザイナーを引退。後任のクリエイティブ・ディレクターにアレッサンドラ・ファッキネッティが就任。ファッキネッティはクチュール、プレタポルテ、セカンドラインの「レッド ヴァレンティノ」などレディース関連すべてを担当するも1年で辞任。後任にはヴァレンティノで長期に渡りアクセサリー・デザイナーとして活躍したマリア・グラツィア・ キウリとピエールパオロ・ピッチョーリが就任した。

衣裳(ヴァレンティノのクリエイティヴ・ディレクター):
マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)
ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pier Paolo Piccioli)

対立を糧にする同時代の感覚、視覚に飛び込む混じり合ったものへの愛、芸術的、文化的、洗練されて、感動を揺さぶる形に合成されたものは、マリア・グラツィア・キウリとピエールパオロ・ピッチョーリの取り組み方を強く特徴づけている。スタイルと表現の混成、それが彼らのメソードの鍵である。

キウリとピッチョーリはローマのヨーロッパ・デザイン学院で学び、そしてフェンディのデザインスタジオで出会った。彼らはすぐに強いプロフェッショナルとしての関係を作り、その関係は会話すること、お互いを刺激すること、今のものに注目することで成り立っている。フェンディのところでアクセサリーを任され、自由と挑戦的なセンスから、記念すべき作品が生まれた。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニ自身が彼らに気づき、自分の側に置きたいと、1999年にクチュール・デッラ・メゾンの精神を表すアクセサリー部門の制作を依頼した。結果、コレクションの特徴は今までにない伝統と革新のバランスのものとなった。

2007年9月にヴァレンティノ氏の引退の後、キウリとピッチョーリはすべてのアクセサリー部門のクリエイティヴ・ディレクターに任命された。次の年には、その任務は男性用と女性用のオートクチュールの部門にまで広がった。キウリとピッチョーリはすべてのヴァレンティノ社のクリエイティヴ・ディレクターになった。

メゾンは新しい道を始める。確固たる技術はピアッツァ・ミニャネッリのアトリエで大切に守られた。キウリとピッチョーリは、新たなページを書き始めた。見方を変えて、ターゲットだった女性を変える。ヴァレンティノのDNAの中にある、優しさ、貴重な優雅さは、さりげなくなって、特徴は縮小されて、現代的になる。コントラストで生きている。時代の精神はアトリエに入り込み、切り札となる。

キウリとピッチョーリは、創造の経営はトータルデザインの作業だと考えている。それは服、アクセサリー、靴の中に、しかしまた店の建築も(これはデイヴィッド・チッパーフィールドに委ねた)、象徴の方法を作り出した。すべてはヴァレンティノスタイルの表現だ。区別はない。メッセージは時代抜きの現代性。文化遺産とスタイル、伝統と革新は新しい未来の概念において共存する。

フランチェスカ・ドット(ソプラノ・Francesca Dotto):Violetta Valery

27歳、トレヴィーゾ生まれ。文化高等学校を卒業後、2006年にボローニャの音楽院のフルート科を卒業。2007年にエリザベッタ・タンドゥーラのもとで歌の勉強を始め、2011年にMIURのプレミオナツィオナーレコンクールで第1位を獲得した。カステルフランコ・ヴェネトの音楽院において優秀な成績で卒業、名誉賞を得る。2012年にブッセートヴェルディの声楽コンクール、パドヴァのコッラデッティ・コンクールでファイナリスト、ヴェローナのマリア・カラス国際声楽コンクールで第2位、プッチーニの「ボエーム」のムゼッタ役でヴェネツィアのフェニーチェ劇場でデビュー。2013年シーズン、フェニーチェ劇場の「ボエーム」(ムゼッタ)の再演に出演、続けてパドヴァのヴェルディ劇場のドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のタイトルロール、サッサリのヴェルディ劇場で「椿姫」(ヴィオレッタ)に出演、2014年のシーズン、バリのペトゥツェッリ劇場で「椿姫」(ヴィオレッタ)、フェニーチェ劇場で「ラ・ボエーム」(ムゼッタ)、アテネの国立劇場で「ドン・ジョヴァンニ」(ドンナ・アンナ)と「椿姫」(ヴィオレッタ)、フェニーチェ劇場で両作品、他には、ヴェローナ、ヴェネツィア、アテネで「椿姫」、スポレート二つの世界の音楽祭でジェイムズ・コンロン指揮の「コジ・ファン・トゥッテ」フィオルデリージ、バリのペトゥツェッリ劇場で「ラ・ボエーム」ムゼッタ、フィレンツェで「椿姫」、バリのペトゥツェッリ劇場で「メリー・ウィドウ」、ノヴァーラとピアチェンツァで「コジ・ファン・トゥッテ」、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場で「ドン・ジョヴァンニ」ドンナ・アンナで出演。

アントニオ・ポーリ(バリトン・Antonio Poli):Alfredo Germont

イタリアのヴィテルボで生まれた。ローマでロムアルド・サヴァスターノ氏のもとで学び、引き続き、同氏と共に仕事をする。2010年にウィーンのハンス・ガボール・ベルヴェデーレ国際声楽コンクール第1位、ザルツブルク音楽祭の若い歌手のためのプロジェクトに参加。ザルツブルク、ラヴェンナ音楽祭、マドリッドの王立劇場においてメルカダンテ(リッカルド・ムーティ指揮)「二人のフィガロ」のアルマヴィーヴァ伯爵を歌う。イヴ・アベルの指揮で東京においてアルフレード、同役をヴェローナとヴェネツィアでも歌う。ローマ、マドリッド、ベルリン、グラーツ、ブリュッセルにおいてネモリーノ、「ファルスタッフ」のフェントンはミュンヘン、ミラノにおいてダニエル・ハーディングの指揮で歌う、またマーク・エルダーの指揮でグラインドボーン音楽祭において、バリとヴェネツィアにおいて「魔笛」タミーノを歌った。シカゴにおいてサー・アンドリュー・デイヴィスの指揮で、ロンドンではニコラ・ルイゾッティの指揮で、またヴェネツィア、ハンブルク、グラーツで「ドン・ジョヴァンニ」のオッターヴィオを歌った。シカゴにおいてベルトラン・ド・ビリーの指揮で、ロンドンではアントニオ・パッパーノの指揮で「オテロ」のカッシオを歌った。ローマと東京においてリッカルド・ムーティの指揮で「ナブッコ」のイズマエーレ、ムーティの指揮でローマとザルツブルクにおいて「マクベス」のマクダフを歌った。演奏会形式でストラヴィンスキーの「うぐいす」、イヴォール・ボルトンの指揮でチャイコフスキーの「イオランタ」、ベルトラン・ド・ビリーの指揮でサンタ・チェチーリアにおいてロッシーニ「小荘厳ミサ曲」、ムーティの指揮でシューベルトの「ドイツ・ミサ曲 ヘ長調」、シュレースヴィヒ=ホルシュタインにおいてロルフ・ベックの指揮、ラインガウ音楽祭、バチカンにおいてヘスス・ロペス=コボスの指揮、オルヴィエートにおいてロッシーニの「スターバト・マーテル」、アントニオ・パッパーノの指揮でモーツァルトの「レクイエム」、ペンデレツキ作曲&指揮の「ポーランドレクイエム」、バッハの「マニフィカート」でシカゴ交響楽団との共演デビュー。ドイツ歌曲のリサイタルでルチェルナ音楽祭にデビューし、ロンドンのウィグモア・ホールでも演奏した。ローマには「三部作」で戻ってくる(2016年)

来日公演予定:
新国立劇場オペラ「椿姫」 アルフレード役
2017/11/16(木) ~ 2017/11/28(火)

ロベルト・フロンターリ(バリトン・Roberto Frontali):Giorgio Germont

初めはロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティのベルカントの役で研鑽を積み、ヴェルディのレパートリーに打ち込んだ。ここ最近ではプッチーニやヴェリズモの、ドラマティックなレパートリーを増やしている。最初は90年代にニューヨークのメトロポリタン歌劇場において「愛の妙薬」で、ミラノ・スカラ座において「ベアトリーチェ・ディ・テンダ」でデビューした。他にも「セビリアの理髪師」でクラウディオ・アッバードと共演、リッカルド・ムーティとはスカラ座で10年にわたって「椿姫」「ファルスタッフ」「ドン・パスクワーレ」で共演し、ズービン・メータとは「運命の力」「ランメルモールのルチア」「ファルスタッフ」、チョン・ミョンフンとはドレスデンにおいて「ドン・カルロ」、ヴェネツィアにおいて「リゴレット」、セミヨン・ビシュコフとは「ラ・ボエーム」「エフゲニー・オネーギン」「ドン・カルロ」で名だたる指揮者と共演した。近年はウィーン国立歌劇場において「アドリアーナ・ルクヴルール」「シモン・ボッカネグラ」、またブエノスアイレスやベルリンの舞台も、メトロポリタン歌劇場やマドリッド王立劇場においては「リゴレット」、ロサンジェルスやローザンヌにおいて「ファルスタッフ」、サンフランシスコオペラとパレルモのマッシモ劇場においては「西部の娘」、ローマのオペラ座においては「カヴァレリア・ルスティカーナ」、サンフランシスコとヴェネツィアにおいては「トスカ」、アン・デア・ウィーン劇場、コペンハーゲン、ローマにおいてはプッチーニ「三部作」のうち“外套”ミケーレ役と“ジャンニ・スキッキ”ジャンニ・スキッキ役で出演(2016)、サン・パウロにおいては「トスカ」。ナポリのサンカルロ劇場では初めて「オテロ」のヤーゴ役でデビュー。また、ロンドンのコヴェントガーデン、ローマ、東京においてはスカルピア。2015年にはダニエレ・ガッティの指揮のもと、パリで「マクベス」、フィレンツェ五月音楽祭において「ペレアスとメリザンド」のゴローを歌う。

『ソフィア・コッポラの椿姫』が実現するまで。

ローマが躍動した豪華共演の『ソフィア・コッポラの椿姫』が実現したのはまさに奇跡だった。ヴァレンティノ・ガラヴァーニが、18世紀のフランス王妃の伝記を現代ポップカルチャー要素を交えて描いた、ソフィアの代表作のひとつ『マリー・アントワネット』(06)を見て感銘を受け、ヴァレンティノが直接電話をしたのが、始まりだったのだ。その時のことをソフィアは語る。「もちろんイエスと言ったわ。」「ヴァレンティノと働けることは素晴らしい機会だし、自分にとってやりがいのあることだからね。」
ソフィア自身が兼ねてから企画していたわけではなく、声を掛けられた当初、オペラ演出の方法すらも知らなかったという。鑑賞者の立場としても頻繁に行っていたわけではなく、子供のころにニューヨークのリンカーン・センターに両親に連れて行かれたが退屈で、眠ってしまったほど。
そんな彼女が何故「椿姫」を引き受けたのか?「もちろんヴァレンティノから声をかけられたから、というのもそうだけど、「椿姫」が、女性の話であり、素敵な魅力とロマンスがあるから、というのも大きな決め手だったわ。『マリー・アントワネット』で盛大なパーティのシーンを撮ったけど、そこに精通するものがあるわ。」そして、本作を「悲劇的なラブストーリーよね、しかも極上のね。」とも表した。「椿姫」の特性と自身が監督をしてきた作品の特性との繋がりがハッキリと見えていたようだ。

本作のオリジナリティ

ジュゼッペ・ヴェルディの「椿姫」は1853年に発表されて以来、途切れることなく公演が行われてきたオペラの古典。記録に残せないほど今まで数々の公演が行われてきたわけだが、どれも一貫してメインキャラクターであるヴィオレッタ、アルフレード、ジェルモンの3人のみがスポットライトを浴びていた。しかし、本作ではガストーネ子爵、ドゥフォール男爵、グランヴィル医師も主要な役どころになっている。本来であれば彼らはコーラスの民衆と同じような端役だが。「ガストーネ子爵たち3人はこの物語にとって重要なキャラクターでヴィオレッタにとって理解のあるキャラクターです。ドゥフォール男爵はヴィオレッタに対しての独占欲が強いということと、アルフレードが直面している問題を理解することが本作を観る上で重要よ。」と語る。
オペラの美術の経験がなかった映画畑のプロダクションデザイナー・ネイサン・クロウリーを抜擢したのもソフィアのオリジナリティだ。「ネイサンはとても才能があるのよ。建築における経験があるので彼はスペースを有意義に使うアイデアを生み出せるとおもったのよ。彼は友人でもあったので、一緒に働く好機だったの。」クロウリーは衣裳展をメトロポリタン美術展で行うほど定評があるベテランで、多くの映画で美術を手掛け『プレステージ』(06)、『ダークナイト』(08)、『インターステラー』(14)と舞台美術を担当した作品で3度アカデミー美術賞にノミネートされた。

撮影時に感じたこと

映画監督とオペラ演出について、演出家(監督)と役者との関わりには類似点があるが、オペラは映画と違って観客が何処を見るか分からない、というところに大きな違いがある。ソフィアは「オペラは準備をする時間がない。照明デザインは上演まで見られなかったし、セットは直前まで出来上がっていなかった。とてもピリピリしていたの、、開演した時はとてもワクワクしたけど恐怖もあったわ、セットが落ちるんじゃないかってね。」と上演を振り返る。しかしキャスト・スタッフに恵まれ、オペラ初演出のソフィアを周りが気にかけ、彼女自身の言葉で接し、映画監督時の役者との距離と同じような関係を築けた、と語り、素晴らしい作品が出来上がったのだ。